こども園で仕事をしていますと、保育に関する学びも多くあります。浄土真宗の僧侶である私は、何事も仏法に問い、照らし合わせてみる癖がついています。
乳幼児期の発達には、愛着を意味するアタッチメントが心の発達への影響、さらには将来の幸福度にもつながっていると言われています。
今回は、東京大学大学院教育学研究科、遠藤利彦教授の話から、間接引用をして考えてみます。
「アタッチメントとは、子どもが怖くて不安なとき、あるいは感情が崩れたときに、特定の大人にくっついて、もう大丈夫だという安心感に浸ることです。これは、皮膚と皮膚がぴったりとくっついているという経験が重要であるという考え方ではなく、子どもが不安なとき、感情が崩れたときに、大人がそれを共感的に受け止めて、その崩れた感情を元どおりに立て直してあげること、安心感を与えてあげることが大切だ。」ということなのだそうです。
さらに、大人の手のひらを子どもの避難所に喩え「手のひらの避難所に、子どもが泣きながら駆け込んで、慰められて、安心感に浸る。もう大丈夫という気持ちになる。そうすると、今度は同じ手のひらを基地、拠点にして、元気よくそこから飛び出していく。この輪っかが少しずつ大きくなっていくことを成長・発達と捉える。何かあったときには絶対戻れるところがある。守ってくれる人がいる。応援してもらえるところ、励ましてもらえるところがある。これが子どもの避難所、基地ということだ。」と言われています。
さて、この内容が浄土真宗の教えと、どのようにリンクするのかというと、阿弥陀(あみだ)さまの右手は招喚(しようかん)の印(いん)「真実の世界に帰っておいで」というお心、左手は摂取(せつしゆ)の印「どんなことがあっても必ず救いとる」というお心を表しているからです。
阿弥陀さまとは、親心の仏さまです。幼子の父や母のように、私たちを無条件に受け止めてくれます。失敗をすれば慰め、もう大丈夫だよ、また頑張ってみてごらんと、いつも私のことを心配して見守り、励ましてくださる親心の仏さまです。
阿弥陀さまの手のひらは、まさに安心の避難所で、基地であったといただくことができます。これは、子どもに限らず大人にも必要です。
そのお心に出遇う時、そこからの歩みがあります。阿弥陀さまの愛着は、私にとってのよりどころです。
(住職 松岡文昭)